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 豊楽館
各種お土産を取りそろえる総合案内所

体験内容
蕎麦打ち

 香りの家
体験内容
地元産のコンニャク玉を使ったコンニャク作りを体験出来ます。
 木工の家
体験内容
状差し、壁掛、本立て、額等の製作。
旧新治村の伝統工芸です。
 竹細工の家
体験内容
一輪挿し、紙鉄砲、竹とんぼor花竹籠の製作体験。竹とんぼで遊んだりお土産に。
 わら細工の家
体験内容
藁ぞうり、わらじ等の製作体験。優しい手ざわりと懐かしい香りを感じて下さい。
 陶芸の家
体験内容
手びねりのよる作陶体験。湯呑みや灰皿など作れ、焼き上がりを送ってくれます。
 和紙の家
体験内容
色紙、ハガキ等の紙すき体験。日本古来の伝統手すきを楽しもう。
 木織の家
体験内容
織り機を使って、木織や裂織を体験。木を細く加工し絹糸で織り上げた小物が楽しい。
 おめんの家
体験内容
おめんに絵付け体験。キャラクターから伝統的なおめんまであなたのセンスがひかる。
 七宝焼の家
体験内容
アクセサリー作り体験。自分で作ったとは信じられないほど綺麗な作品にびっくり。
 マッチ絵の家
体験内容
和紙を貼ったマッチ箱に絵付け体験。メルヘンの世界が広がります。
 鈴の家
体験内容
素焼きの土鈴に絵付け体験。自分だけのオリジナル作品で旅の思い出を。
 おしばなの家
体験内容
栞、ハガキ、小物などに押し花体験。里に咲く花の押し花で四季を感じる作品を作りませんか。
 ガラスの家
体験内容
ガラスに金剛砂を吹き付けての模様付け体験。美しいガラスで自分だけのオリジナル作品を。
 人形の家
体験内容
古布を使用した和装人形やカントリードールの製作体験。和装の美と洋装のメルヘンを感じて下さい。
 石画の家
体験内容
色々な形の石に動物などの姿を描く体験。石の形を活かすのがポイント。
 ドライフラワーの家
体験内容
リースや壁掛けの製作体験。自家栽培した花と野の花や木をドライフラワーにしました。
 農産物加工の家
体験内容
蕎麦打ち体験や、漬物、うどん、アップルパイ、農業体験など里を体感できます。
 ふれあいの家
体験内容
地元産のそば粉で作る十割そば「そば打ち道場」と様々な「食育農業体験」が出来ます。
 ちりめん細工の家
体験内容
ふくろう根付けの制作体験など、ちりめんを使った製品の制作体験が出来ます。
野仏めぐり たくみの里周辺には野仏が点在しています。その石肌に先人たちの想いや生活が感じられます。往時の面影を残す須川の宿で人の心を体感してみては?

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野仏1番
道祖神1(どうそじん1)
野仏(のぼとけ)めぐりの第一ポイントで、道祖神とお地蔵様があります。猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)は厄除けや災難よけのご利益があるとされています。
野仏2番
道祖神2(どうそじん2)
寛保二年(1742年)につくられた道祖神で、みなかみ町旧新治村地区では最古のものとされています。
 道祖神って?
中国の道の神である道祖と、日本古来からの邪悪をさえぎる衢神(みちのかみ)との習合したもので、道陸神(どうろくじん)、塞神(さえのかみ)とも呼ばれる。この神は村境や辻に立って悪疫等の進入を防ぎ村人を守る神、あるいは旅人を導き旅の安全を祈る神ともいわれる。
後世路傍神の性格から、猿田彦大神、庚申とも結び、男女2像がつくられた(双体道祖神)ことから縁結びの神、こどもを守る神ともいわれ、信仰の眼目があいまいとなった。
大正月に飾った、お飾りものを持ち寄って、十四日の朝、又は夜に焼き払う行事を道祖神焼き、道陸神焼きともいう。男二十五歳、四十二歳、女十九歳、三十三歳を厄年といって、酒やみかん、菓子等をくばって厄落としをした。
ちなみに、杯と徳利をもつ男女二像の道祖神は、それぞれの性器をいみするといわれている。
 猿田彦大神って?
道案内の神で、猿田彦大神と彫られる文字塔が多い、古事記、日本書紀にかかれている猿田彦神は、天孫ニニギノ命降臨のとき、天界から分かれ道にあって光輝いていたという岐神であり、後世天狗とも考えられた。又道路神としての性格から庚申と習合したので庚申さまと考える人も多い。
野仏3番
馬頭観音(ばとうかんのん)
その昔、運搬や農耕で大切な働き手だった馬の供養や安全を願って奉ったもの。通称「まるがんのん」と呼んでいます。
野仏4番
淡島女神(あわしまめがみ)
福島県の一部にしかないとされる淡島女神像が奉られています。婦人病や子供の病気にご利益があるとされています。
 馬頭観音って?
変化観音の一つで、他の観音が慈悲相なのに対し、忿怒相であることから大力持明王、馬頭明王とも呼ばれる。頭上に宝馬(馬の頭)をいただくが、この馬の頭は、生死の大海を渡って、四魔(煩悩・死など)を打ち破る大威力や大精進を表し、無明の諸障害を食い尽くすこと馬が草を喰むようであると菩薩の大慈悲にたとえた。
この観音は、主として牛馬に関係の深い職業の人達によって、頭上にいただく馬の連想により、馬の供養や無病息災の祈願をこめて造立された。また、時代が下がるに従って、特定の死馬供養の目的で造立された。
たくみの里周辺の馬頭観音は、慈悲相をしている像が多いが、これは特定の死馬供養のために造立された為である。
 淡島女神って?
野々宮神社には福島県の一部しかないといわれている「淡島女神像」が建てられています。この像は高さ1.1メートルの板状碑で垂髪の女性で右手に粟の穂を持ち、ツバキの花の首飾りをしている。婦人病の神様として尊敬された。
野仏5番
月待塔(つきまちとう)
二十一、二十二、二十三夜の塔を奉っています。中でも二十二夜塔は、女性の安産や病を治す仏として信仰されてきました。
野仏6番
庚申塔(こうしんとう)
六十年ごとに造られた大きな庚申塔が四基奉られています。農業や豊作の神様としてお参りされています。
 月待塔って?
十五夜の満月を待つために、精進潔斎しながら一夜を過ごす。月待のそもそもの始まりは、一説には十五夜の習俗に関係が深く、古代の信仰に根ざしているという。
月待の供養塔が建てられるようになったのは、室町時代に入ってからで、多分に仏教や陰陽道などの影響をうけた。三十日仏説といって、諸仏菩薩の中より三十尊を選び、これを一ヵ月三十日配した教えが広まった。いわゆる仏様の縁日といわれるもので、当り日にその仏、菩薩を祭る風習が生まれた。これが月待と結びつき、その仏、菩薩を祭る風習が生まれ、その夜の主尊として信仰された。月待の夜は当番の家に集って、床に主尊の掛け軸などを掛け、お膳を備え礼拝し、酒食、雑談をしながら月の出を待った。ちなみに、十五日は阿弥陀仏、二十二日は如意輪観音、二十三日は大勢至菩薩が本尊となる。
 如意輪観音って?
如意(にょい)とはこの観音の本名チンタマーニ(如意宝珠)の略で、輪は法輪のことである。つまり観自在菩薩が宝部に住し説法する姿を現したもので、財宝を施し六道に迷う人々を救い、願いを成就させる法を如意輪という。また、如意宝珠は濁水を澄ませ衆生へ福徳を与え、輪宝は智恵を意味することになり、宝部に住するので宝持金剛の名もある。
江戸時代中期以降、民間信仰に取り入れられた二十二夜さまの本尊として月待の本尊となり、女人の盛んな信仰を受けたため、今も各村々には造立された如意輪像が至るところに残っている。
如意輪観音は女子の墓石として用いることが多い。これは二十二夜の本尊として女人の信仰を受けたためで、死後もこの優しい観音にあやかろうとした。
 庚申信仰って?
庚申信仰の出発点は道教の三戸(さんし)説であると言われている。人間の身体には三戸という虫がいて、六十日毎にめぐってくる庚申(かのえさる)の夜になると、こっそり抜け出して、その人の罪を天帝に告げる。人は知らぬ間にも罪を犯している場合が多く、六十日もたつと相当の罪になるので、天帝はその罪によってその人の命をちぢめる。そこで庚申の日には、本尊の青面金剛王(しょうめんこんごうおう)や猿田彦大神などの軸をかけ、馳走を供え、礼拝し、夜中に三戸の抜け出さぬよう不眠で見守り、長寿を保とうとするものである。それも鶏の鳴くころまで一心に庚申を祈念すれば、三戸は滅亡して、その願が成就して長く栄えるという。
のち路傍に立つ性格から道祖神と同様に考えられ、一夜を酒食をして過ごすことから信仰による娯しみの晩ともなった。
野仏7番
大黒天(だいこくてん)
仏教の守護神とされてきましたが、財福の神として崇められるようになりました。ここには金運、子供供養として二体奉られています。
野仏8番
一之宮地蔵尊(いちのみやじぞうそん)
子宝、安産、子育ての神様として奉られています。毎年、秋分の日にお祭りが行われ、賑わいをみせています。
 大黒天って?
はじめは仏教の守護神であったが、天海上人の発案といわれる七福神の一員、財福の神として民間信仰化した。特に神話の大国主命と同体の神とされ、左肩に大きな袋を背負い、右手に打出の小槌を持って、頭には大黒頭巾をかぶり、米俵の上に立つ姿が一般に親しまれるようになった。大国主命はねずみと関係の深い神であるために、ねずみ、つまり十二支の子(ね)の日が祭祀の日とされ、大黒天が子持供養の礼拝本尊になったといわれている。
 地蔵菩薩って?
地蔵菩薩は「お地蔵さま」と呼ばれ、最も人々に親しまれている仏であり、石仏が多い。
釈迦入滅後、弥勒仏が現れるまでの無仏の世にあって六道の衆生を救済する菩薩で、現世利益のほか、死後の世界に迷う亡者も救済するという功徳は、宗派を超えて信仰され、平安時代以降急速に信仰された。
この地蔵の六道能化の本願は、平安末期に六地蔵を成立させた。(六道とは地獄(怒)餓鬼(欲)畜生(愚)修羅(闘争)人間・天上(喜悦)をいう)
江戸時代になって民間信仰化し、千本仏の造立、今も村々の道端や辻に立つ延命地蔵と呼ばれるものは、子育から火防、盗難除、イボ取りに至まで庶民のあらゆる希望をかなえてくれる祈願対象として造立された。また、子供の墓碑としての地蔵も多くなり、日を限って祈願する日限(ひぎり)地蔵、塩を供えて願かけをする塩地蔵といった地蔵も現れた。
さらに冥府において亡者を救う思想は、児を失った親達の信仰を集め、賽(さい)の河原に石積む童子を邪魔する鬼どもを追い払う地蔵尊の物語は、「地蔵和讃」によって大衆に浸透した。
地蔵の像形は、他の菩薩と違い、頭をまるめ法衣をまとった僧形の姿である。これは、いかめしい菩薩の姿では衆生が近づきにくいであろうという地蔵の大慈悲からであるという。
野仏9番
泰寧寺(たいねいじ)
山門は県指定の重要文化財に指定され、その静かな佇まいと七月中旬から咲き始める紫陽花は見事で、訪れる人に安らぎを与えています。
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